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奈良地方裁判所 平成9年(行ウ)8号 判決

主文

一  被告A並びに同Bは各自奈良県に対し、金二四万九三二四円及びこれに対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告Cは奈良県に対し、金一一万二四七六円及びこれに対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告の被告らに対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は原告に生じた費用を四分し、その一を被告らの負担とし、その余の費用は各自の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは、各自、奈良県に対し、金一二四万〇七〇六円及びこれに対する平成八年一〇月六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、奈良県の住民である原告が、奈良県東京事務所(以下「東京事務所」という)において平成七年六月から同八年九月にかけて中央官庁の職員等との懇談会を実施し、その費用を奈良県の公金(食糧費)から支出したのは違法であると主張して、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、奈良県に代位して右支出命令権限を有する職員であった被告らに対し、損害賠償を求めている事案である。

二  争いのない事実等

1  原告は、奈良県の住民である。

2  被告Cは平成七、八年度の奈良県知事、被告Aは平成七、八年度の東京事務所長、被告Bは平成八年度の東京事務所次長兼総務課長の地位にあった者である。

3  奈良県における予算の執行は、奈良県知事が担任するとされているが(地方自治法一四九条二号)、東京事務所における食糧費の支出負担行為及び支出命令については東京事務所長に権限委任され(奈良県会計規則三条)、所長が不在のときには次長が代決できるとされている(奈良県事務決裁規定八条)。

4  東京事務所は、平成七年六月一四日から同八年九月五日にかけて、別表記載のとおり中央官庁の職員等との懇談会(以下、別表の番号順に「本件懇談会1」「本件懇談会2」等といい、これらを併せて「本件各懇談会」という)を実施して、酒食を提供した。

5  本件各懇談会費用は、いずれも別表記載の支出命令日において、被告Bが右費用に係る支出負担行為決議兼支出命令書を代決して、平成八年度奈良県一般会計から、次のとおり支出された。

(一) 款・総務費、項・総務管理費、目・東京事務所費、事業・東京事務所運営費、節・需用費、細節・食糧費として支出されたもの

本件懇談会1、2、3、4、11、12、13、17(ただし、同17のうち席料四〇八〇円については、支出後出納整理期間中に「節・使用料及び賃借料」に更正処理を行った)

(二) 款・土木費、項・河川費、目・河川改良費、事業・公共事業費、節・需用費、細節・食糧費として支出されたもの

本件懇談会5、9、14

(三) 款・土木費、項・道路橋りょう費、目・道路新設改良費、事業・公共事業費、節・需用費、細節・食糧費として支出されたもの

本件懇談会7、8、10

6  原告は、平成九年三月一八日、奈良県監査委員に対し、本件各懇談会費用の公金からの支出について地方自治法二四二条一項に基づく監査請求をしたところ、監査委員は、同年五月一六日、原告に対し、右請求を棄却する旨通知した。

7  奈良県は、平成九年六月五日、副知事を委員長として東京事務所における平成六年度から同八年度までの食糧費の執行状況に関する実態を調査し、併せて今後の改善方策を検討するための食糧費調査委員会を設置した。そして、右委員会は、調査の結果、本件懇談会4、13、17以外の懇談会の費用支出について、いずれも不適正なものと判断した(丙一)。

8  財団法人奈良県職員互助会(以下「互助会」という)は、平成一〇年一月三〇日、奈良県の管理監督の地位にある職員に代わり、前記食糧費調査委員会によって不適正と判断された支出である約二億〇九〇九万円及びこれに対する法定利息の合計金二億三八三八万七六四四円のうち、二億二八三八万七六四四円について、奈良県に対し、一括返還した(乙二)。

9  知事、副知事及び出納長の給与並びに旅費に関する条例(昭和二二年七月奈良県条例第一二号)の一部を改正する条例(平成一〇年三月二七日施行の奈良県条例第九号)の附則四項で、知事の給料は、平成一〇年四月から同一一年二月までに支給する分に限り、返納に見合う分としてそれぞれ本則の規定により支給すべき給料等の一〇〇分の五〇を減じて支給すると規定され、これにより、知事の給料、調整手当及び期末手当は合計一〇四一万四五三〇円減額され、前記食糧費調査委員会によって不適正と判断された支出(法定利息を含む)金二億三八三八万七六四四円と互助会が返還した二億二八三八万七六四四円の差額一〇〇〇万円及びこれに対する法定利息三三万四九七九円に充てて拠出された(丙六、七参照)。

三  争点

1  本件の主な争点は、次のとおりである。

(一) 本件各懇談会費用を食糧費から支出したことは予算の違法な流用か。

(二) 本件各懇談会費用を奈良県の公金(食糧費)から支出したことは違法か。

(三) 互助会からの一括返還及び知事の給料等の減額分の拠出によって、奈良県に生じた損害が填補されたか。

(四) 被告らは本件各懇談会費用の支出について損害賠償責任を負うか。

2  原告の主張

(一) 本件各懇談会の費用は食糧費から支出されているところ、食糧費とは会議用、式典用及び応接用の茶菓、弁当、非常炊出し賄、警察留置人食糧、病院療養所等における患者賄料等を意味するものであり、本件各懇談会費用は食糧費の範囲に含まれない。したがって、これを食糧費から支出することは予算の違法な流用である。

(二) 本件当時の中央官庁の職員との懇談会は、奈良県の担当部署が東京事務所に対して接待すべき相手先と予算を指示し、同事務所の担当職員が相手先とコンタクトを取り、接待の日時場所を決めて懇談会を実施し、相手方を自宅に送り届けたり手土産を持たせる内容となっており、何らかの行政事務を行う過程で、県の事情を説明したり情報収集をするために必要となる行為ではなく、明らかに接待だけが目的のものであるから、このような懇談会費用を公金から支出することは違法である。

本件懇談会4、13、17以外のものについては、食糧費調査委員会の調査結果でも不適正と判断されているものであって、これら懇談会費用を公金から支出したことは違法である。

また、(1)本件懇談会4については、出席者、人数、料理単価や明細等に関する記録がなく、その請求書の日付は平成八年三月三一日と年度末ぎりぎりの日付とされており、実際に文化庁の担当官と懇談したか否かさえ明らかではない上、仮に被告らの主張するとおり平成八年度予算編成についての情報交換のために懇談していたとしても、すし店「百人一朱赤坂店」で実施されており、右情報交換にふさわしいとはいえない。

(2)本件懇談会13についても、出席者、人数、料理単価や明細等に関する記録はなく、請求書では懇談の相手方の所属について誤記があるなど、実際に自治省会計課の担当官と懇談したか否かさえ明らかではない。被告らは県の財政事情等の説明と情報収集のために懇談したと主張するが、本件懇談会13は予算編成の終わった時期にされており、そのような説明等が必要であったとは思われない。(3)本件懇談会17についても、出席者の氏名・地位は明らかではない上、昼食にもかかわらずビールを頼んでいることなどを考慮すると、接待自体が目的であったといわざるを得ない。さらに、各懇談会の一人当たりの料理単価は、本件懇談会4につき一万三九三三円、同13につき一万三三一二円、同17につき一万七三五三円(ただし、同行職員を除く六名分)と高額に上っている。このような事情をふまえると、本件懇談会4、13、17の費用を公金から支出することは違法である。

(三) 地方自治法二四三条の二は、故意又は重大な過失により県に損害を与えた予算執行職員が賠償責任に任ずるものとし、この責任は議会の同意を経なければ免除できない旨規定している。被告の指摘する互助会による一括返還は、食糧費の不正支出に関わった職員か否かにかかわらず、幹部職員一〇七六人が役職と管理職手当に応じて返還するという内容であり、責任のない職員にも負担を課すことで違法な食糧費支出の実態を隠蔽する組織的作戦というべきものであって、地方自治法二四三条の二の趣旨からみても許されない。したがって、互助会の奈良県に対する一括返還は、賠償責任に応じた弁済としての効力はなく、寄附とみるべきものであって、これによって、本件各懇談会費用の公金支出によって奈良県が被った損害が填補されたということはできない。

(四) 被告Cは、奈良県知事として予算執行の権限を有しているところ、本件各懇談会費用について過失によって違法な支出をさせ、その他の被告らは、違法な支出であることを知りながら、右費用を公金から支出させたものであり、よって、奈良県に対し、右支出金相当額の損害を与えた。

3  被告らの主張

(一) 本件各懇談会費用は、中央官庁の職員等との懇談という、当時の状況下では地方自治体の渉外活動として当然のものとして行われてきた公務に伴う懇談会に関して支出されたものであり、まさに事務の執行上直接費消される経費であるから、食糧費より支出されていることは正当である。

(二) 普通地方公共団体の長又はその他の執行機関が、当該普通地方公共団体の事務を遂行し対外的折衝等を行う過程において、社会通念上儀礼の範囲にとどまる程度の接遇を行うことは、当該普通地方公共団体も社会的実体を有するものとして活動している以上、右事務に随伴するものとして、許容されるべきである。

東京事務所は、奈良県行政組織規則七条の別表第一を根拠に設置されている出先機関であり、主管課は総務部財政課とされている。その所管事務は(1)中央官庁との連絡に関すること、(2)宿泊に関すること、(3)農林産物の流通情報の収集及び提供に関することであり、主要な業務として、中央官庁、全国知事会等の各種団体、国会議員及び各都道府県等との連絡調整を図りつつ、県庁の各部局と密接に連絡を取りながら、情報収集並びに情報交換及び要望活動等を行っている。これらの活動は、県勢の発展及び県民生活の向上を図る上で極めて重要なものであり、特に財政基盤の脆弱な奈良県にとっては、より早く的確かつ有益な情報を得るために必要不可欠である。したがって、中央官庁の職員等との懇談は、単なる接待を目的とするものではなく、県の事務事業をより円滑に執行するため、関係者との意見交換や調整をするための渉外活動の一環として行われるもので、関係機関との意思疎通を図り、信頼関係を築くことにより、奈良県への理解と協力を得るとともに、事業を進めていく上で必要かつ重要な情報を得ることを目的としており、県政推進上必要である。

①本件懇談会4は、平成七年一二月二五日に平成八年度政府予算編成についての情報交換のために行われた奈良県文化財保存課と文化庁記念物課との懇談会であり、出席者は、奈良県側として文化財保存課のD課長、E係長、東京事務所のF次長、G課長の四名、文化庁側として記念物課の担当官二名の合計六名、②同13は、平成八年三月一九日に奈良県の財政事情等についての説明及び情報収集のために行われた東京事務所と自治省会計課との懇談会であり、出席者は、奈良県側として東京事務所のF次長、H課長の二名、自治省側として会計課の担当官一名(本来二名の予定であったが、急遽一名欠席となった)の合計三名、③同17は、平成八年九月五日に奈良県土木行政についての説明と情報交換のために行われた奈良県知事等と建設省幹部との懇談会であり、出席者は、奈良県側として知事である被告C、I土木部長長、J秘書課長、東京事務所長である被告A、K課長、L嘱託の六名、建設省側として部長級以上の幹部職員四名の合計一〇名であり、いずれも前記目的のために行われ、社会通念上も妥当な範囲内で実施されたものである。

したがって、本件懇談会4、13、17の費用を公金から支出したことは適法である。

(三) 互助会は、地方公務員法四二条及び職員の共済制度に関する条例一条の趣旨を実現するため、奈良県職員の相互共済及び福利増進を図り、もって奈良県行政の円滑な推進に寄与するとともに、公務員の福利厚生事業の近代化及び合理化に資することを目的とする財団法人であり、右目的を達成するため、奈良県職員の福利厚生に関する事業、奈良県の行う福利厚生事業の受託、福利厚生事業に関する調査研究等を行うこととされている。

食糧費調査委員会によって不適正とされた支出はほぼ全庁的に見られたところ、管理監督の立場にある職員は、このような事態は職員全体の意識のゆるみに起因するもので、特定の個人の責任というより県庁組織全体の問題と捉えなければならないと考え、返還措置に当たって必要な資金を拠出することにしたが、職員らが多額の返還金を直ちに準備することは困難であることから、互助会に対して返還金の立替払いを依頼した。互助会は、右申入れを受けて、この返還事業を特別会計による事業として、平成一〇年一月三〇日、県に対して合計二億二八三八万七六四四円を一時立替払をし、同年三月三一日までに、職員らが互助会に対して返済を行った。また、平成一〇年四月から同一一年二月までに支給された知事の給料、調整手当及び期末手当から合計一〇四一万四五三〇円が減額され、不適正とされた食糧費の返還金に充てて拠出された。これによって、不適正と判断された本件各懇談会4、13、17以外の懇談会費用の公金支出によって奈良県が被った損害は、填補されたというべきである。

なお、右互助会の立替行為は、急遽返還資金の調達の必要性に迫られた職員らの生活上の不安等を緩和するもので、互助会の設立目的の範囲内にあるものである。

(四) 東京事務所における食糧費支出に関する支出負担行為や支出命令に関する権限は、奈良県会計規則三条に基づいて、東京事務所長に権限委任されているところ、「右委任を受けた吏員が委任に係る当該財務会計上の行為を処理した場合においては、長は、右吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして、普通地方公共団体に対し、右違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である。」(最高裁判所昭和六二年(行ツ)第一四八号平成五年二月一六日第三小法廷判決・民集四七巻三号一六八七頁参照)とされている。

奈良県知事である被告Cは、出納長の権限とされる事項を除き、奈良県のあらゆる財務に関する権限を有しているものの、本件各懇談会費用の支出はいずれも食糧費の支出という日常的なものであり、しかも適正な支出手続を経ており、被告Cには右支出について特段の注意を払うべき事情は存しない。したがって、被告Cには指揮監督上の義務違反はなく、損害賠償責任を負うことはない。

第三争点に対する判断

一  まず、本件各懇談会費用を食糧費から支出したことが予算の違法な流用か否かを検討する。

食糧費は、予算科目としては需要費(節)の細節であり(地方自治法施行規則一五条二項別記参照)、需要費、すなわち地方行政事務に伴い必要とされる消費的な物品の取得及び修理等に要する経費等のほか一般的にその効用が短期間に費消される経費の一種として、行政事務、事業の執行上内部的、直接的に費消されるものであって、会議用(宴会を含む)又は式日用茶菓、接待用茶菓、弁当、非常炊出賄、警察留置人食料、病院、療養所等の患者食糧、宿泊所、保育所等の賄料等がこれに該当するとされている。

一般に、地方行政を円滑に進めるためには、国すなわち中央官庁と意見調整を図り、情報交換をすることが必要となる局面も多々存すると推察されるから、中央官庁と連絡を取り意見交換の場を設けることも地方行政事務の執行上重要であるということができ、各地方自治体が東京に設置している事務所はそのための機関であると考えられる。そして、奈良県においても、東京事務所の所管事務には中央官庁との連絡が含まれており、東京事務所は、奈良県の各部局から懇談の相手方たる中央官庁を指示されて、当該官庁と連絡を取り、奈良県及び中央官庁の出席者の予定を調整して、時間や場所を決め、懇談会を実施するという形で運営していたこと、本件各懇談会もその一環として実施されたことが認められる(乙一、被告Aの供述)。このように、本件各懇談会は、奈良県職員と中央官庁職員との意見交換の場として実施された以上、これが社会通念上相当な範囲内にあるか否かはともかくとして、その費用が東京事務所の事務の執行上直接費消された経費であること自体は間違いない。

したがって、本件各懇談会費用を食糧費から支出したことが予算の違法な流用に当たるということはできない。

二  次いで、本件各懇談会費用を奈良県の公金から支出したことが許されるか否かを検討する。

1  普通地方公共団体は、その事務を処理するために必要な経費を支弁するものであるところ(地方自治法二三二条一項)、その執行機関が、当該団体の事務を遂行し対外的折衝や意見交換等を行う過程において、社会通念上儀礼の範囲に止まる程度の接遇を行うことは、当該団体も社会的実体を有するものとして活動している以上、右事務に随伴するものとして許容されるべきであると解されるから(最高裁昭和六一年(行ツ)第一四四号平成元年九月五日第三小法廷判決参照)、当該接遇が社会通念上儀礼の範囲内と判断し得る場合には、その費用を公金から支出することも許される。そして、右判断は、当該接遇の必要性のほか、予算執行時における経済状態、国民の消費及び生活水準等の諸事情を考慮してされるべきものであるから、第一次的には予算の執行権限を有する財務会計職員の裁量に委ねられていると解さざるを得ないが、一方で、地方公共団体の事務を処理するに当たっては最小の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならず(地方自治法二条一三項)、その経費は目的を達成するための必要かつ最小の限度を超えて支出してはならない(地方財政法四条一項)と規定されており、そのような法の趣旨をふまえるならば、右諸事情に加えて、当該接遇を必要とする行政事務の性質・内容、目的、効果等をも勘案し、社会通念上相当な範囲内にあると認められることが必要である。さらに、右支出が食糧費からされている場合には、行政事務等の執行上直接に費消される経費であるという食糧費の性質にかんがみ、当該行政事務等の存在が明確にされるとともに右支出と事務執行との間に直接的な関連性が認められることをも要すると解すべきである。

したがって、本件各懇談会費用の公金からの支出についても、右の観点からみて、これが社会通念上相当な範囲を超えており、予算執行権限を有する財務会計職員の前記裁量を逸脱していると認められる場合には、違法となると解される。

2  以上を前提に、本件各懇談会費用の支出が違法か否かを検討する。

(一)乙一、丙一、被告Aの供述並びに弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

(1) 東京事務所は、奈良県行政組織規則に基づいて設置された財政課を主幹課とする出先機関であり、その所掌事務は、①中央官庁との連絡に関する事柄、②宿泊に関する事柄、③農林産物の流通情報の提供に関する事柄とされている。その内部組織は、総務課、行政第一課及び行政第二課に分かれており、総務課において内部的な事務を担当し、第一課及び第二課において各省庁を振り分けて担当し、中央官庁との連絡等の事務を行っている。

中央官庁との連絡に関しては、東京事務所自ら行う場合もあるが、多くは奈良県の各部局から特定の省庁の職員との懇談会を設定するよう指示を受け、予算、時間帯及び場所について大まかな要望を聞いて、その省庁との連絡を担当する職員が相手方省庁に出向いて連絡を取り、時間・場所等を調整して決定するか、懇談会の実施前に、省庁担当職員から東京事務所長に対し、懇談会の実施、出席する奈良県職員及び相手方官庁について、口頭又はメモで報告していた。その費用については、奈良県から配当を受けて東京事務所を窓口として支払っており、各支払に当たり、総務課係長が支出負担行為決議兼支出命令書を起票し、請求書及び省庁担当職員に確認するなど審査して決裁に回し、出納まで担当していた。なお、東京事務所長は不在のことが多いため、ほとんどの場合、東京事務所次長が右支出命令書を代決していた。

(2) 東京事務所は、平成七年から八年にかけて、自ら又は奈良県の各部局から指示を受けて、多数回にわたり中央官庁職員との懇談会(本件各懇談会を含む)を実施し、その費用を奈良県の公金から支出した。そのうち、本件懇談会4、13、17の内容及び経緯は、以下のとおりである。

① 本件懇談会4について

東京事務所は、奈良県文化財保存課から指示を受けて、文部省内の文化庁職員と連絡を取り、平成七年一二月二五日夜、「百人一朱赤坂店」)(寿司屋)において、奈良県文化財保存課職員と文化庁職員との懇談会を実施した(出席者六名)。

右懇談会の費用は、東京事務所総務課係長Mが、平成八年三月三一日付請求書を確認の上、支出負担行為決議兼支出命令書を起票し、同年五月七日、東京事務所次長の被告Bが代決して、「百人一朱赤坂店」を経営する株式会社マイカルイストに支払った。

② 本件懇談会13について

東京事務所は、自治省会計課と連絡を取り、平成八年三月一九日夜、「いなにわ」において、東京事務所職員と自治省会計課職員との懇談会を実施した(当初四名出席の予定だったが、自治省職員一名が欠席したため、出席者三名)。右懇談会の費用は、東京事務所総務課係長Mが、同月三一日付請求書を確認の上、支出負担行為決議兼支出命令書(ただし、懇談相手については公営企業金融公庫と誤記されている)を起票し、同年一〇月一日、東京事務所次長の被告Bが代決して、「いなにわ」に支払った。

③ 本件懇談会17について

東京事務所は、奈良県秘書課から指示を受けて、建設省職員と連絡を取り、平成八年九月五日昼、「日比谷松本楼」において、奈良県知事、奈良県職員及び建設省職員との懇談会を実施した(出席者は建設省側四名、奈良県側六名。うち奈良県側四名は別室)。右懇談会の費用は、東京事務所総務課係長Mが、同月一〇日付請求書を確認の上、支出負担行為決議兼支出命令書を起票し、同年一〇月一日、東京事務所次長の被告Bが代決して、株式会社日比谷松本楼に支払った。

(二) 奈良県は、平成八年一〇月の県情報公開制度の実施以来、東京事務所の食糧費の支出について、住民監査請求を含めて各方面から指摘を受け、東京事務所において独自に点検したところ、支出書類に不明確な点が多く見られたことから、副知事を委員長とする食糧費調査委員会を設置し、平成六年から八年度までの東京事務所における食糧費の執行状況に関する実態を調査し、併せて今後の改善方策を検討することとした。

そして、東京事務所及び関係課において、支出書類等を点検調査し、関係職員への聞き取り調査を実施し、支出先等の関係者への照会を行うなどして、財政課において右調査結果を点検して取りまとめた。右調査結果では、県政推進上必要な意見調整・情報交換のための国、自治体、企業、団体等との会食を懇談会と区分し、そのうち、①職員間の懇談と認められたもの、②あらかじめ業者へ前払いしていたもの、③支払手続を簡略化するため過去において複数回実施した懇談会等の支払をまとめて行ったもの、④懇談等の実態が明確に確認できなかったもの、⑤懇談会の実態は確認できたが、バー・クラブ等で行っていたもの、⑥懇談会の実態は確認できたが、予算執行の都合等から実態と異なる相手方を記載していたものについて、不適正な予算執行と判断した。

右調査結果によれば、調査対象とした支出一一四四件のうち七七三件が不適正な支出とされており、本件各懇談会についても、同4、13、17については適正とされたが、その他の懇談会はいずれも不適正と判断されている。

(三) 前記のとおり、東京事務所は平成六年から八年にかけて、本件各懇談会を含めて、極めて多数回にわたる中央官庁職員等との懇談会を実施しているものと認められるが、各懇談会の開催においてその必要性を具体的に検討し、またその成果について具体的に報告するなどをした痕跡をうかがうことは出来ず、これら懇談会の全てが地方行政上の必要に迫られて開催されたものとは容易に認めがたい。

もっとも、地方行政を円滑に進めるためには、国即ち中央官庁との間において、特に差し迫った具体的な必要性がない場合であっても、継続的に意見の交換をし、相互の理解を深めることが有益であるのは容易に理解しうるところである。しかしながら、丙一の食糧費調査委員会の調査結果によれば、東京事務所において平成六年度に開催した食糧費支出を伴う懇談会は五五三件にのぼるが、その八割を超える四四七件の懇談は不適正執行と判断されている。また、平成七年度に開催した食糧費支出を伴う懇談会は二八〇件にのぼるが、その八割に近い二一四件の懇談は不適正執行と判断されている。そうして平成八年度における食糧費支出を伴う懇談会の開催は年間五件に激減している。かかる事実に鑑みると地方行政の円滑な遂行のために中央官庁との協議が有益であることは事実であるとしても、それが酒食を伴う接遇をもってされることの必要性は、客観的に見て極めて薄いものであったことが明らかである。

(四) 以上を前提に検討すると、まず本件各懇談会のうち本件懇談会4、13、17以外のものについては、そもそも食糧費調査委員会の調査において不適正な支出と判断されていることが認められる上、本件訴訟の審理においても、これらの懇談会の実施について資料を有しているはずの被告からその懇談目的等について何ら立証がないことなどの事情を考慮すると、これらの懇談会の費用支出は、社会通念上相当な範囲を逸脱した違法なものと認めるのが相当である。

また、本件懇談会4、13、17についても、その内容は、被告らの主張によれば、本件懇談会4は平成八年度政府予算編成についての情報交換であり、同13は奈良県の財政事情等についての説明と情報収集であり、同17は奈良県土木行政についての説明と情報交換であるというのであるが、これらは極めて概括的抽象的であると言うほかないものであると共に、かかる内容の懇談がされたことを認めるべき的確な証拠も存在しない。すなわち、丙一二の摘要欄には本件懇談会4について「文部省との懇談(六名)」との記載があり、丙一三の摘要欄には本件懇談会13について「公営企業金融公庫融資部との懇談(四名)」との記載があり、丙一四の摘要欄には本件懇談会17について「建設省幹部と知事との懇談(建設省四名、県六名)」との記載があるが、その記載の体裁は県の食糧費調査委員会が違法と判断した4、13、17を除く本件各懇談会にかかる支出負担行為決議兼支出命令書の記載の体裁と全く同様であり(枝番を含む甲一ないし一三)、実際に誰彼の間でどのような懇談がされたかについては、これらの書証上全く明らかでないばかりでなく、とりわけ、本件懇談会4は平成七年一二月二五日に実施されたとされているにもかかわらず、その請求書の日付ははるかに遅れた平成八年三月三一日となっており(甲三の2)、支出負担行為決議兼支出命書(甲三の1)の債務確認年月日も同日の日付となっていることは極めて不自然である。また被告Aはその本人尋問において、本件懇談会4、13、17の内容に関し概ね被告らの主張に沿う供述をするものであるが、同人は本件懇談会4、13についてはこれに出席しておらず、本件懇談会17については懇談の場である日比谷松本楼に同行はしたものの別室で待機していたというのであって、結局同人は本件懇談会4、13、17の具体的な内容については全く関知していないものと認められる。他に本件懇談会4、13、17の内容を明らかにする証拠は存在しない。さらに、本件懇談の出席者についても被告らは縷々主張するところであるが、証拠上認められるのは本件懇談会17において奈良県知事並びに被告Aが出席したと言うことのみであって(もっとも被告Aが懇談の場に同席していないのは前示のとおりである)、県側のその他の出席者を明らかにする証拠は存在しないし、中央官庁側の出席者に至ってはその主張すらない。

以上によれば、本件懇談会4、13、17においては、これに伴って行われた接遇を必要とする行政事務の性質、内容、目的、効果はいずれも証拠上不明のものであり、一方、その接遇の内容は寿司屋、料亭等で行われ、一人あたり金一万三〇〇〇円から金一万四〇〇〇円におよぶ高額な料理を注文して行われており、ことに本件懇談会17においては、昼食でありながらビールの注文までしているのであって、かかる具体的な趣旨が不明の懇談会に右のとおりの接遇を行うことは、社会通念上儀礼の範囲を逸脱し、財務会計職員の裁量の範囲を逸脱するものと認めるべきものであり、これを違法であると解するほかはない。

(五) したがって、本件各懇談会にかかる食糧費の支出は、本件懇談会4、3、17にかかるものを含め、全て違法な支出であると認められる。

三  互助会からの一括返還及び知事の給料等減額分の拠出によって、奈良県の被った損害が填補されたといえるか。

1  奈良県が、互助会からの一括返還及び知事の給料等減額分の拠出によって、不適正と判断された食糧費合計二億三八三八万七六四四円以上の金員の返還を受けていることは、当事者間に争いがない。これに対し、原告は、地方自治法二四三条の二を理由として、不正支出により奈良県が被った損害については、実際に不正支出に関わった職員がその賠償責任に任ずるべきであり、その責任は議会の議決を経なければ免除できないものであるから、本件における互助会からの一括返還は、不正支出をした職員か否かに関わらず一律に幹部職員に負担を負わせる内容であって、賠償責任に応じた弁済としての効力はなく、寄附にすぎないと主張する。

しかしながら、地方自治法二四三条の二の趣旨は、予算執行職員の職務の特殊性にかんがみ、同条一項所定の行為に起因する当該地方公共団体の損害に対する賠償責任の要件及び責任の範囲を限定して、職員の積極的な職務執行に配慮するとともに、右行為によって地方公共団体が被った損害を簡便かつ迅速に補填できるように賠償命令等の手続を規定したところにあり、同条三項による監査委員の決定があった場合においては普通地方公共団体の長は、議会の同意を経なければその責任を免除できないというにすぎないものであって、不正支出に基づく損害は右不正支出行為に関わった職員が必ず賠償しなければならないと解釈すべきものではない。また、そもそも住民訴訟制度は、地方公共団体の執行機関又は職員の違法な財務会計行為を防止・是正し又はその損害を補填させることによって、地方公共団体の財務会計行政の適正な運営を確保し、住民全体の財産上の利益を擁護するという点に主眼があり、個別の職員に対する損害賠償請求はその一手段として規定されたもので、職員の制裁を目的とするものではないというべきである。

本件において、互助会が、不正支出を行った予算執行職員に限定することなく、幹部職員に対して一律に右立替金を負担させている点は事実であるが、多数の職員の関わる支出行為を一斉に解決するためにはやむを得ない措置であり、後で互助会と職員らの間で負担割合を精算することもできるのであるから、地方自治法二四三条の二を根拠として互助会の奈良県に対する立替払いが単なる寄附にすぎないと解すべきではない。そうすると、互助会及び奈良県知事は、東京事務所における食糧費の不正支出によって奈良県が被った損害に充てて、不適正とされた支出相当額を立替払いしている以上、これによって奈良県の被った損害は填補されたものとみるべきであり、したがって、右填補にかかる予算執行職員に対する損害賠償請求権(地方自治法二四二条の二第四項)の発生要件である「損害」は現存しないと解するのが相当である。

2  もっとも、互助会からの一括返還並びに知事の給料等減額分の拠出によって填補された県の損害は、県の食糧費調査委員会において支出が不適正とされたものに限られるのは被告らがこれを自認するところであるから、同委員会において適正と判断された本件懇談会4、13、17にかかる食糧費合計金二四万九三二四円については、未だその損害が填補されていないことが明らかである。

四  被告らの責任について判断する。

1  東京事務所長は奈良県会計規則三条に基づいて、東京事務所における食糧費支出に関する支出負担行為や支出命令に関する権限を委任されているところであり、本件各懇談会にかかる接遇についての食糧費支出については、当時東京事務所長の地位にあった被告Aがその決裁権者たる地位にあったものであること、本件懇談会4、13、17にかかる食糧費の支出に関する支出負担行為及び支出命令については当時東京事務所次長の地位にあった被告Bが代決したものであるのは被告らが自認するところである。

2  本件懇談会4、13、17にかかる食糧費の支出が違法であるのは前示のとおりであるところ、前記二項認定の事実に照らせば、決裁権者である被告Aは、代決者が違法な財務会計上の行為を行わないようにこれを指揮監督すべき義務があるにもかかわらずこれを怠ったものと認められるのであり、また代決をした被告Bは、これまで東京事務所の懇談会費用が食糧費から支出されてきた慣例に従ってその具体的な必要性や相当性について何ら精査、検討することなく、漫然と右食糧費支出にかかる代決を行ったものと認められ、このことについて少なくとも過失があることは明らかである。

3(一)  被告Cは本件の当時奈良県知事の地位にあったものである。奈良県知事は出納長の権限とされている事項を除き、奈良県のあらゆる財務に関する権限を有するものであるが、東京事務所における食糧費支出に関する支出負担行為や支出命令に関する権限は、奈良県会計規則三条によって東京事務所長に権限委任されていることは前示のとおりである。このように知事の権限が他の吏員に委任されており、委任を受けた吏員が委任にかかる当該財務会計上の行為を処理した場合においては、長は、右吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったときに限り、自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして、普通地方公共団体に対し、右違法行為により当該普通地方公共団体が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当であり、右の観点から以下検討する。

(1) 本件懇談会4、13にかかる食糧費の支出は平成七年度の執行、同17にかかる食糧費の支出は平成八年度の執行に関するものと認められるところ、丙一によれば、平成六年度から平成七年度における東京事務所における食糧費支出の執行状況に関しては食糧費調査委員会による調査が行われ、ことに平成六、七年度の支出に関しては、数百件にのぼる執行件数中の実に八割前後が不適正なものと判断されており、その不適正とされた具体的な理由は、職員間の懇談にこれを流用したり、あらかじめ業者に金員の前払いをしたり、事後に複数の経費をまとめて支払ったり、懇談の実体が不明であったり、予算の都合上懇談の相手方を偽って記載したりしていたというものである。また、丙一によれば、奈良県においては平成八年四月一日より「会議等に伴う食糧費の取り扱い基準」を整備し、食糧費の執行について職員に喚起を促し、その結果、平成八年度においては懇談会に伴う食糧費の執行件数自体が激減し、同年の執行に関しては食糧費調査委員会の調査においては不適正と判断されるものがなくなる事態にまで立ち至ったことが認められる。これらの事実に鑑みると平成六、七年度における奈良県東京事務所の食糧費支出については、杜撰な事務処理や逸脱した執行を阻止するための、長(知事)による指揮監督が全く行われていなかったことが推認されるものである。

しかしながら一方、元来東京事務所の設置は中央省庁、全国知事会等の各種団体、国会議員及び各都道府県等との連絡調整をはかりつつ、県庁の各部局と密接に連絡を取りながら、情報収集並びに情報交換及び要望活動をするという目的のもとにされていると理解されるのであって、同事務所における食糧費の支出に関する決裁権限が東京事務所長に権限委任されているのは、そのような東京事務所における事務の処理を効果的に行うためと考えられるところである。ところで本件懇談会4、13、17にかかる食糧費の支出は、いずれも東京事務所における日常的な、かつ数額それ自体としては比較的少額の支出であって、かかる個別少額の支出について、県知事が個別具体的な指揮監督を懈怠したからといって、直ちにこれが故意又は過失により吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかった場合に該当すると解することは困難といわざるを得ないものであって、平成七年度に執行された本件懇談会4、13にかかる食糧費の違法支出については、県知事である被告Cにおいて、吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止しなかったものとまでは認めることはできない。

(2) しかしながら本件懇談会17については、被告Cが自ら出席しているものであり、当然のこととして、事前にその計画を知らされているはずであるから、同被告は直接的にも右懇談会にかかる食糧費の支出の適正さについて判断し、被告A及び同Bの違法な専決処分ないしその代決処分を阻止する機会を得ていたにもかかわらず、同被告らに対し、何らの指揮監督を行うことがなかったばかりか、自らも飲食を共にしている事実にかんがみれば、右懇談会にかかる違法な支出については、被告Cにおいて、吏員が財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、少なくとも過失により、右義務の履行を怠ったものというほかはない。したがって、被告Cは、右懇談会によって奈良県が被った損害につき賠償責任を免れないものといわなければならない。

五  以上の次第であるから、原告の被告らに対する請求は、被告A及び同Bに対する請求については、本件懇談会4、13、17の支出にかかる金二四万九三二四円及びこれに対する支出の後である平成八年一〇月六日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるがその余は理由がなく、被告Cに対する請求については、本件懇談会17の支出にかかる金一一万二四七六円及びこれに対する支出の後である平成八年一〇月六日から支払済みまで右同様年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるがその余は理由がない。

(裁判長裁判官 永井ユタカ 裁判官 川谷道郎 裁判官 松山遙)

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